煙草とカセットテープの離婚

遠くにある文字は小声で話しているわけではない

眉毛

スズメバチをおしえたら鏡が暗くなって、そこに堤防が埋まってるような色だね、髪がのびた人がたずねてくるらしい。三十歳になってるって。終バスは何度も同じ話の中に出てきた。ホテルがあれば、朝があるのと同じことだから爪を切りながら、運転手のいない…

水中

私をしらべてから散歩に行ってくれたら、そのひろい道は竹垣に沿って折れ曲がり、つぼみだらけの木の枝、右にも左にも意識を畳んだ、パンフレット。馬のたてがみ。ヘッドフォン。気はたしかだと、四月の電柱に引っかかってる綿のシャツの、おかえりなさいっ…

半島

これは約束だった。何度も夏が来て、何度も列車が出ていくという約束。玄関と玄関は草原が繋いで、ほんとうはドアの幅だけあればいい草の帯が全世界を覆ってしまうのは、みっともないから禁止だよと叫びながら眠ってしまいたいほどの、ビデオテープ。何かが…

下着

孤島がきみの下着だと知って、どうしようかと思った。大浴場のドアがわからなくて、片っ端から壁に「ここですか?」と書いてたら知らない土地に来てしまった。汚い字が好きだから、くだものと前髪にも同じように書いて、窓に映った時計の文字盤と、似たよう…

ボタン

ラジオドラマ。呼ばれたと思って目覚めたら三月の洋服が、小さな山のふもとにきちんと畳まれていたんだ。みんなはそれを交差点だと思ってる。袖の部分が、昼の住宅地を通って夕方のショッピングセンターに至る道だって、信じてる。でも人は自分の顔に似た写…

数字

きみごとの町、きみごとのコンビニ、きみごとのブックオフに、しおれたサラダみたいな街路樹も添えてから、みんなで捨てたふるさとにさっき戻ってきたんだ。健康サンダル。それは呼ばれずに春の雨にとけてしまった番組の名前。画面が何十年も同じ道路だけ映…

写真

ここにいるのはいい警官ばかりだよ、と警察署が云った。記憶が十字路をいくつも持っているので、そのどれが泣いてるのか本当は知らないのに、指さしたのは夏がまだ赤いところを照らしていた岬の反対側の写真で、きみが泥棒の格好で煙草をくわえる、足を組ん…

駐車場

ビートをくれよ、ときみが瞼をたまに鳴らしたんじゃないかな。いつもの布団にあたっているたった今の太陽、その大げさなあかるさは大丈夫だと思ったよ、しんどくても生きていける。だから反対側のホームで花火をしていたり、なにげない自分の特徴を紙に書い…

名前

タクシーが待っている昼に少し並んでからケーキ皿にのせられている手をどけて、いいなと思った服に声をかけた。それがあなたの一年間に起きたことのすべて。日記にはもう少し鳥の声や百貨店の屋上の雨の痕をつけ足したけど、つくり話だったこと自分でも忘れ…

しばらくバスが来ないから、月に行こう。それはロープウェイのかたちをした魂で、一人乗りだけどむりして一緒に乗ってしまった、午後三時。ちいさくなった工場がもう塩粒くらいしかつくれないサイズの銀色になってる。ぼくらが最初に傘を差した歩道を、どこ…

四角い土地

まさかこんな石を拾うとは思わなかった。色のことかたちのこともそうだけど、自分で決めたコンビニを勝手に更新して自分の月にしてしまう。そういうきみの性格が誰かのなげた石で音をたてて倒れるのを、もっとみてみたいし、これ以上みたくない。ほんとうの…

いちごが潰れてから何日たったんだろう。古い電車に乗ってると、駅といえば馬の背中とか河川敷ばかりで、これじゃさすがに眠くなるよとあきれる。川は交互に左右から近づいてきたのに名前がなかった。だから右川、左川なんだねと知らない人が云いながら電車…

ひとつひとつは寿司なんだけど、全体で見ると何日も前の風呂に映ってた天井がこんな感じだった。魚をつくりだすことが意志になってしまったら、靴は片方ずつ脱げていって、それを踏んで通り過ぎるママチャリ、消防車、シマウマ。耳にあててからラジオだとわ…

封筒

屋上を貸してあげるよ、ってみんなに云われながら生まれてきたんだ。煙草のけむりが電車で、月が駅だった。旅に出たければ最初から手紙にそう書いたけど、じっさいは草の汁でつま先が汚れて、こすりつけた地面がサインになってただけ。荷物はいつまで待って…

十二月

あなたの反対側にも部屋があった。動物しかいない? 動物しかいない。壁にくっつけているところが黄色くなって、夜の窓みたいだと思ってから本を閉じたからね。読んだ人は誰も話さなかったけど、鳴き声の中に雪が降っているような生き物も、信じられてた。時…

セロテープでいいというのは嘘だったかもしれない。鳥に何度も追いかけられた坂を、きみは鍵のこわれた自転車で再生した気でいるね。音楽は自分から出るものだよ。ヘッドフォンはそれを吸収してあの表面の白い箱に渡してるだけ。手ざわりがなくなって落とし…

透明な傘で来たなんて、現実の図書館じゃないみたいだ。橋だって渡った。濁流が会いにいくのは相模湾だけど、冬だから雪だるまの絵が似合う紙になって貼られているところが壁。いいところが見たいよね、自分がハートで描かれるのはきっかけなんだ。理科が目…

三日前

コンビニのことがぼくらにもわかったから、睫毛をハサミでばらばらにして、自分を組み立てるように真剣に読ませてもらったよ。菜の花。いちじく。えんどう豆。靴に中敷きがわりにサラダも敷いてあって、山をのぼっていく風に自転車の絵の切手を貼って柵から…

ギプスちゃん

雲からなんでも取り戻せるよ、とギプスちゃんがいったことおぼえてる。ギプスちゃんは小学四年生、一年が二百年で計算すると地球なら八百年生。音速で来たことがある夏ならだいたい知ってるって。入道雲に写真を貼って「これがママだよ」って貝殻にいわせて…

深夜

髪型だね、みんなが花をもぎ取ったあとを「地面だから」といってかくしたがるのは髪型だけだ。手で変えてしまえる社会がきみにはあるのに、電車の窓でかくして友達と眺めてる深夜がはちみつの原材料で、ふたから公園へ鳩の足跡がつづいているからあの子は笑…

電車

ピザが焦げすぎてるか凍ってるかは自分の汚点に聞いて、と溝とガールスカウトは同時にさけんだって。重さを聞きそびれた集会所が、何個か月末に重なってる。曲がったアンテナに絡みつく麻紐に主張を託しながら老いていく、第五十一代ミス・鮮魚、その左右対…

理想

今のが流れ星なら、わたしにも同じような星があるから夜空に続いて明けていかなければならないね。流れ星の傘をさして新宿に出てきた男の子。その理想的な髪の黒さをあきらめて音楽のほうからうなずきかけているのを、れんげとさくらがあんなに咲かずに待っ…

ただ夢を見ている間だけの光にきみと並んだ。朝の梯子段から松の葉が吹き落とされ、さっきの顔は誰の長い休みにもとめられていたんだろうとテレビに重ねられる信号機。かれのもとに、泡のやせたコインランドリーが舞い込んで閉じたよ。理想的な出来事に前輪…